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「寄語流星 流星語 ── 追憶張國榮的藝術生命」研討會2005年4月3日 ”The Shining Star” Seminar No.3 2005年4月3日
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■ 3. 張國榮の監督意識を探る──榮雪煙
監督になりたい想い
1987年から哥哥は監督したいと語っています。「監督は作品の魂であり、自分の伝えたい想いを盛り込む事ができる。俳優としてはその役を
経験出来るが、映画作品全体の魂に影響してはいけない」からと。87年歌壇を引退してから、最後まで哥哥は監督になるべく、歩み続けました。
金策も始めていました。例えば97、98年頃には《再世紅梅記》《林鳳傳》の準備をし、《追憶の上海》を撮影している期間には、あるスターに
関する物語になる予定だと言っていました。彼の監督への想いはすでに夢でなく、実現に向かって動いていました。
哥哥はMTVを自分で監督したり、またMTVに自分の創作意図を盛り込むようになっています。例えば彼の創作意図に基づいたものとして
《夢到内河》《潔身自愛》。彼が監督したものとして《イ尓這様恨我》《枕頭》及び爾冬陞監督の《色情男女》での一場面があります。
昨年の検討会で、羅志良監督は《色情男女》の徐錦江(チョイ・ガムコン)と舒淇の場面は、本当に哥哥自身が監督したとおっしゃいました。
また哥哥が積極的に撮影をさせてくれるよう頼んだと。哥哥は「作中の監督として、劇中の作品を僕に撮らせて欲しい」と言ったそうです。
羅監督も安心して任せたそうですが、撮影の結果も上々でした。また陳可辛監督の《君さえいれば2》でも、一部は哥哥が撮っています。
2000年香港電台と"喫煙與健康委員会"が合同で製作した短編《煙飛煙滅》、これは哥哥が人生において完成させた唯一の映画作品です。
編集・監督・主演全てが哥哥の手になるものです。始まるとすぐ「張國榮作品」という文字が現れます。この作品を自分自身の作品だとみなして
いた事が分かります。続いては、映像表現及び監督意識から簡単に《煙飛煙滅》を分析してみましょう。まず哥哥のインタビューをご覧ください。
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【僕の初めてのBaby】
哥哥:撮り直しをした部分もあるよ。見直してもっと幅を出したり、情感を高めたいと思ったから。でも大変だとは思わなかった。
「有難い」ことは沢山あったよ。出演してくれた多くの友達。例えばテレサ・モウ。あの時彼女は妊娠中だったけど、それは問題じゃないと言ってくれた。
お腹を見られたって、医者が妊娠していたって良いでしょ!といった。葉徳嫻も。劇中で彼女の声が聞けるなんて。ちょっともったいをつけておこう。
どうして彼女は声だけか分かるよ。多くの友達がサポートしてくれた。意義の有る事だからと。
謝らないといけない人もいる。短篇だし、全ての俳優に焦点を当てる事はできなかった。主役は4人だし。でも短いからと断る人はいなかった。
梁詠琪、谷徳超、容祖児、陳冠希たち。ファンは短すぎると言うだろうけど、ストーリーの都合上そうなってしまった。いつかすばらしい
俳優たちと友達とで長編を製作して、お目に掛けたいよ。
問:これから皆さんに《煙飛煙滅》を見て頂きますが、特に注目すべきなのは、どこでしょうか?
哥哥:これは僕の初めてのBabyで、期待してくださる方もいらっしゃるでしょう。もし期待にそぐわなければ、ごめんなさい。
これは香港政府、香港電台そして香港人のための、有意義な仕事です。この作品を気に入って、感動して貰えたら嬉しいです。また大切な
メッセージ「劇はまた演じられる。しかし人生は一度きり。伝えたいのは煙草を吸わないこと、もしくは吸う量を減らすこと。喫煙は健康に影響
を及ぼすから。」を理解してくれたら嬉しいです。
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社会の為の短篇の難しさ
哥哥はインタビューで、「張國榮作品」の文字を見たとき、自分の初めてのBabyに、感激で涙が出たと言っています。
《煙飛煙滅》は社会の為の作品で、また短篇撮影には難しさがあります。短い中でストーリーを語り、まとめなければなりません。短い上に公益性
が有り、話を明確にする必要があります。《楽園の瑕》のように、見終わっても何を言っているのか分からないのではいけません。主題も限られ、
その制限の中で腕を振るう事になります。今回は喫煙が健康に悪影響を及ぼすという主題ですから、ファンタジーにも出来ませんし、説教でもいけません。
短篇撮影は難しいものですが、哥哥は非常にすっきりとまとめています。決して目新しい主題でもなく、シンプルなストーリーですが、それを如何に映像
言語と撮影テクニックを用いて具体化したか。そこに彼の力量が見られます。話の展開が巧みです。例えばドクターが語る形で(訳注:喫煙は有害という)
メッセージを伝えており、理論を述べたてるのではありません。また遊び心も満載です。例えば容祖兒がジャンクフードを食べている所を見られたとか、
梅艷芳が陳冠希を諭したりするシーンで飽きさせません。
啓蒙映画には珍しいことです。《煙飛煙滅》は"2本線"で成り立っています。この2本の線にはそれぞれ意味があります。1本目は作品の前半は独立した
ドラマであり、後半がインタビューであること。ドラマからインタビューへ徐々に移っていき、2線は別のものですが連続して存在しています。そしてドラマの
なかに2本目が見られます。1線は張國榮、梅艶芳と子供で、2線は莫文蔚と王力宏です。この2線が絡み合って内容が豊かになってい
ます。
この短篇から見るだけでは、張國榮の長編の監督としての力量を語る事はできません。しかし彼の監督としての素質、そして映像を通して語る力が感じ
られます。
《煙飛煙滅》の映像分析
まず《煙飛煙滅》の部分を見て頂き、その後編集テクニック及び、表現方法を分析しましょう。
~放映~
ご覧頂いたのは始まりの部分です。梅艷芳がタバコを吸っている唇からはじまり、カメラが引いていくと彼女の全身が見えます。もしアニタが叱り
つけている場面から始まるとすれば、カメラをオフィスの外から内へ進めていくようになるでしょう。しかし彼は直接正面から撮り、次のシーンに繋げ、
またずばり主題を提示してみせました。
またアニタとカレンが哥哥の家にいるシーンですが、その前の場面はアニタが難題を解決し、皆楽しく旅行に出掛けるという所です。カレンとリーホンの
愛は芽吹いたばかりで、マネージャーのアニタが二人の恋愛を許した。非常にハッピーなシーンです。このシーンはまた幸福のリズムから悲しみのリズム
に変る場面でもあります。もし幸せが悲しみに変ったと直接言ってしまうと、唐突に感じるでしょう。観客はまず子供の背中を目にしますが、何が起こったか
は分かりません。子供が鼻を押えて「パパ!ママ!」と呼ぶのみです。一瞬の静けさがあり、その後慌ただしい足音が聞えます。観客は何が起こったか分
らず、慌てた様子を見て、知りたいと思う気持ちを掻き立てられます。そして王力宏がキッチンに飛び込んで来て、冷凍庫から何かを取り出して駆け
出す所を見ます。ここで子供が鼻血を出したに違いないと分ります。観客に期待をさせながら、幸福から悲しみへスムーズに展開しています。それぞれ
違った旋律ですが非常に自然に移行させています。
次はドクターが両親に説明するシーンです。このシーンは学生が先生の前に座っているように感じられませんか?ここでドクターの口を借りて喫煙の害
を説きます。もしただ喫煙の害を言えば、説教しているようなものです。しかし医師の口からこの理論的な主題を言わせます。そして全体の中でこのシーン
のみが、説明的で教条的です。後に葉徳嫻の後ろ姿が写るシーンがあり、葉はアニタに必ずしも彼女の喫煙のせいで子供が患ったのではないと言いま
す。ここでも啓蒙映画の枠を外しています。直接喫煙の有害さを説くのではなく、医師に言わせる。ここが彼の巧みな所です。
最後は手術室のシーンです。アニタと張國榮は外におり、中では子供の命を救うために手を尽くしています。ここでの上手さは手術室内にカメラを置いた
事です。カメラが外なら泣き叫ぶ声しか聞えないでしょう。ここでは手術室を対象として捉えています。手術室内では動き回り、アニタと張國榮は外で動け
ずにいることに注目して下さい。動と静の強烈な対比を描いています。医師は忙しく立ち回っていますが、声はありません。非常に辛く哀しい。しかし声は
ありません。両親の様子と心情を見せ、それを対比を用いて表現しています。脈拍を示す"トゥ・トゥ・トゥ"という音が聞こえ、医師らが急いでいるのが分り
ます。その後暗転し、次にリーホンの乗るエレベーターの"チン!"という音が響き渡ります。緊急の場面を静かな場面に切り替えるのみで、取りたてて
何かを写す事なく、際立てています。
何気ないシーンですが、彼がストーリーを語る技巧を持ち、全体の流れを把握し、また自分が何を撮りたいのか、それを如何に表現するのかを良く理解
していた事が分ります。短篇と長編では違いもありますが、この作品の分析からだけでも、彼が撮影テクニックに習熟し、作品をコントロールしていた事が
分ります。《煙飛煙滅》には美しいシーンが多いです。これは意図的なものです。監督として端々にまで気をくばり、非常に美しく仕上げています。
哥哥が撮りたかった物語
哥哥は《偸心》という作品を撮ろうとしていました。《演藝圏》03年5月号にあらすじが出たので、ご存知の方もいらっしゃると思います。女優・寧静
(ニン・チン)が記事を寄せています。二人の男と一人の女の話で、女は良家の娘で、厳格な母がいます。彼女の家の上の階に男が引越して来て、
彼が弾くピアノの音が毎日聞えるようになります。彼女は彼に近付き、二人が関係した後、彼は逃げます。彼女は母の意見で、従兄弟に嫁ぎます。
哥哥は寧静に、最後に男はピアノは弾けず、実は音楽を聴いているだけだったと分かると言ったそうです。この結末から主題を象徴化して伝え
ようとしていることが分かります。どの様に撮影するつもりだったかは分りませんが、イメージ化して伝えるという特徴が分ります
蘆偉力:《煙飛煙滅》の創作思想
《煙飛煙滅》は張國榮自身が編集、脚本、主演、監督を手掛けたものです。それゆえにこの作品は彼の創作理念の根幹を表わしていると言えるでしょう。
先ほど榮先生もおっしゃいましたが、撮影テクニックから見ても、その潜在能力を考えても、彼が長編を撮れば良い作品になったと信じます。さらに《煙飛
煙滅》に見られる重要なポイントをもう二つ追加したいと思います。
その第一は張國榮が"倫理"及び"愛"を非常に重視していたことです。例えば禁煙を勧める時に「喫煙はあなたの愛する人に影響します」と言っています。
喫煙が健康を害することは《煙飛煙滅》ではメインメッセージではありません。つまり"愛"がもっとも説得力があると考えていたのです。《煙飛煙滅》は
張之亮がプロデューサーです。1999年には《流星》を撮影し、2000年には《煙飛煙滅》で双方に幼い子が出演しています。
幼い子供は未来の象徴です。何故《煙飛煙滅》で子供のアップのシーンがないのか?それは子供が、未来を象徴するシンボルであるからです。現世代が
タバコを吸えば、未来がなくなると言うことです。
第二に作品中で、彼は喫煙を批判することはしていません。例えば張國榮と梅艶芳がソファーにすわり紫煙をくゆらすシーン。張國榮が運転しながら
吸うシーン等など、非常に美しくカッコ良く見えます!しかしそうであるからこそ、この映画が重要なのです。彼は喫煙がカッコ悪いものだとは言っていませ
ん。そうではなく「喫煙は悪影響を及ぼす。喫煙を楽しむことは出来るが、周囲の人を愛することとは対立する。2つを秤にかけてみて考えて!」彼はこれを
創作理念としており、けっして説教のような方法は取っていません。
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