「寄語流星 流星語 ── 追憶張國榮的藝術生命」研討會
”The Shining Star” Seminar No.1・2
2005年4月3日 

 

  •   講題: 張國榮後期の芸術研究
  •   講師: 盧偉力、林紀陶、榮雪煙
  •   日期: 2005年4月3日
  •   会場: 國際展貿中心演講廳(香港九龍灣展貿徑一號)
  •   主催: leslie-cheung.info
leslie-cheung.infoの許可を得て2005年4月3日に開催されたセミナーの訳を掲載します。

尚、今年2006年のleslie-cheunginfoの研討会は次の通り開催されます。
  1.   日時:2006年4月2日(日)午後1時~3時
  2.   「追憶張國榮的藝術生命」研討會系列之七
      (The 7th "In Reminiscence of Leslie's Artistic Life" Seminar)
  3.   講演者:張之亮監督・ 林紀陶先生(脚本家・映画評論家)
  1. はじめに──盧偉力
  2. 張國榮の生涯における三段階──林紀陶
  3. 張國榮の監督意識を探る──榮雪煙
  4. 後期の作品における張國榮──盧偉力
  5. 張國榮の将来の作品──盧偉力、林紀陶、榮雪煙
  6. 質疑応答とまとめ

■ 1. はじめに──盧偉力

蘆偉力:
張國榮が我々のもとを去って2年がたちましたが、彼は流星の如く、時には天空に姿を現わしています。 そして彼は永遠に私たちの空で輝くでしょう。彼のいる空は我々の心の中にあり、つまり我々の心は空です。 今日は私以外に二名の方にお話頂きます。まずは香港の映画評論家であり、映画の脚本家でもいらっしゃる林紀陶さん。 そして中国よりいらっしゃった若き監督、脚本やプロデュースにも関わっていらっしゃる榮雪煙さんです。 張國榮は若くしてデビューしました。70年代の末から2003年まで、彼の芸能生活は四 半世紀にも及びます。彼は歌を始めとして、演技、映画の脚本や監督にも挑戦しました。 40余年の生涯において約3分の2は芸術創作に関わっていた事になります。以前分析して頂きましたが、 この私たちが愛してやまないアーティストを追悼する活動を、如何に意義のあるものにするか?その方法の 一つが彼の芸術創作について語り合うことです。そして深めていくこと。張國榮がどういう明星だったかを 表面的に語るのではなく、彼が具体的にどのような創造を行ってきたかを討論していく事です。今日は "張國榮の後期の芸術創造"というテーマで、この愛すべき友人について語り合いたいと思います。 テーマに入る前に、まず彼の芸術創作の段階について林紀陶先生より、お話頂きます。


■ 2. 張國榮の生涯における三段階──林紀陶

林紀陶:

最高なのはやはり哥哥

蘆先生、哥哥が香港映画界で重要であり、また特別である事を仰って下さり、 ありがとうございます。まず最近感じた事をお話したいと思います。私は映画評論家として、また本職は脚本家なのですが映画製作にも携っています。 また哥哥と共に成長してきた映画人たちと仕事をしています。例えばある作品、現代劇でも時代劇でもですが、キャストを決める時に、 この役に最適なのは哥哥なのにと思い、深い悲しみに襲われることがあります。香港人が撮ろうとする作品は、それが時代劇でも現代劇でも、 若しくは香港以外で撮影されても、香港人の作品と言えるでしょう。こういった作品では、我々に関係の深い話題が語られます。 香港のスポークスマンとして、最も適役なのは哥哥でなくて誰でしょう?香港の映画界は、彼なしではやっていけないのです。

80年代"弟分"のイメージ

哥哥の映画人生を考える上で、78年から出演していますが、本当の意味での主演は80年の《喝采》からと言うべきでしょう。 彼の映画人生は3段階に分けられます。80年の《喝采》から、初期にはテレビ出身、またはデビューしたてという雰囲気で、特に不良青年の役が多いです。 彼自身はアイドル歌手という立場で、不良青年を演じていました。初期の作品で見るべきものは《烈火青春》《喝采》等です。こういった役はアイドル歌手 が必ず通る道と言えるでしょう。 "兄貴"か"弟分"か、という視点で分析しますと、当時の張國榮は弟分のイメージでした。皆さんご存知の様に、当時の"兄貴"は周潤發です。 張國榮は映画でも、息子を演じています。皆さんも親の家にいて、ちょっと反抗的な青年といった80年代の役柄の印象をお持ちだと思います。

90年代幅の広い演技

哥哥の90年代は映画業界人と共に成長したと言えるでしょう。任侠映画を得意とする徐克や呉宇森は、 80年代からユニークな作品を撮っています。90年代に入り、"小市民"を撮る監督が現れました。王家衛、陳可辛、 李志毅、陳嘉上などです。彼らは香港ニューウェーブの、第二世代監督です。彼らが張國榮の潜在能力を発掘したと言えるでしょう。 周潤發は、80年代に香港社会が変化を求めたイメージの代表です。傑作《男達の挽歌》には、周潤發のこういったイメージが反映されています。 またこの作品では二人の"兄貴"(周潤發と狄龍)とその"弟"が出てきます。この弟は張國榮が演じています。

90年代の張國榮には変化が明らかです。王家衛の《欲望の翼》が分水線だと言えるでしょう。この作品は60年代の若者を描いています。 60年代を背景に選んだのは、60年代が香港人の意識の基礎を形成した時期と言われるためです。70年代にはそれが成熟期を迎えます。 60年代にはブルース・リーがいますが、彼はアクションスターです。王家衛は張國榮を60年代の"不良青年"に選びました。 第二世代の監督たちは、張國榮を好んで起用し、作品を語らせていますが、張國榮がもう80年代の"弟分"ではなく、幅を持った演技が出来、 可塑性も高く多様な役をこなせると分かっていたからでしょう。またその中には、今でもそうかもしれませんが、他の人には出来ない役"賈寶玉" (訳注:清代の小説「紅樓夢」の主人公。大貴族の貴公子)も含まれています。私は張國榮が演じる賈寶玉が最高だとは思いませんが、 賈寶玉は張國榮に良く似ています。しかし張國榮は賈寶玉よりもより立体的です。90年代の張國榮は香港という地域を代表するだけではありません。 香港社会の価値観の変化に伴い、またより多くの人が香港を知るに当たり、俳優についても知っていきました。張國榮の"幅広さ"は、香港社会の 価値観の多様化にともない、香港と言う一地域だけの人物ではなくなったのです。

90年代の香港の工業及び映画産業は、中国から切り離されては成り立ちませんでした。中国との結びつきで、香港映画はこの時期に 大きな市場を開拓することになり、そしてこの状況が、張國榮の変身をも促しました。彼の演技はより広いものになったのです。《欲望の翼》は 香港の野心的な青年が、香港に留まることを良しとせず、彼のルーツを求めて飛び出す様子を暗示しています。この時期張國榮自身も香港 映画のみならず、中国本土の作品にも出演しています。陳凱歌監督の《覇王別姫》及び《花の影》、葉大桜監督の《追憶の上海》です。 中国の監督にも張國榮がもっとも可塑性が高いと映ったことでしょう。また張國榮は中国の俳優にはない資質を備えていました。 この時期の張國榮はすでに香港という地域に捕われず、彼の演技の幅と役に対する適応性は香港以外の地域でも発揮されていました。

後期、深度を追求した演技

第三段階は97年以降の時期です。哥哥は広さと深みを持つ役を求め、また俳優として演技者として更に映画創作に、製作に深く 関わるようになりました。俳優から製作スタッフに、監督や編集まで携わろうとしていました。この時期多くの監督が、張國榮は役柄の意味 を良く理解しているだけでなく、演技に深みがあると指摘しています。爾冬陞監督の三部作《色情男女》《ダブル・タップ》そして《カルマ》を 見て下さい。役の両面性に注目して下さい。立体的というよりもっと複雑な役、両極性を持つ人物を演じています。これは《色情男女》でも感 じられますが、演出意図はもっと現実的です。映画業界人が現在直面している市場の状況と、彼の映画製作への想いの葛藤。香港映画人 の映画製作への想いを良く反映しています。哥哥は作中の監督の役を実にうまく演じていると思いませんか?爾冬陞監督は張國榮に 自分の分身を演じさせています。爾監督は、《三少爺的劍》の"燕十三"の役に張國榮を起用できなかった事を、ずっと後悔しています。 この作品は監督にとっては非常に重要な作品で、この作品で映画人になったとも言えるでしょう。

註:《色情男女》爾冬陞・羅志良共同監督
  《ダブル・タップ》《カルマ》爾冬陞プロデュース、監督・羅志良

爾冬陞監督は哥哥のこういった"両極性"を引出し、これは90年代に哥哥の演技が"幅をもつもの"から"深度をもつもの"に発展した ことを表わします。《ダブル・タップ》はプロの射撃手の役で、追跡劇と愛情を表現しました。この役で最佳男演員奨を獲れると思いましたが 残念な結果でした。しかし俳優の演技が観客に認められる事は、奨獲得よりもっと重要です。後の《カルマ》では精神科のドクターでありな がら病人でもあるという難しい役でした。この役は現実の生活でも忘れられない記憶となり、夢に出てきたかも知れません。この難しい演技、 複雑極まりない役、絡まりあった物語を、彼は見事に演じきりました。

この三段階で、哥哥は変化を続けています。最後に私が言いたいのは哥哥は"立体性"が非常に高いということです。悲しいかな、 哥哥の未来の役を製作する事は出来ません。哥哥は時代劇でも現代劇でも、香港という地域の重要な人物であり、また中国の全く自分 とは異質の役でも彼は精彩な演技を見せてくれました。時の流れの中で、哥哥は過去と現在だけの人物では有りません。彼には未来の 姿も有ります。香港に未来の映画を撮る力、またはSF作品を撮る力があるなら、張國榮はキャスティング上、重要な人物になるでしょう。
蘆偉力:
林紀陶先生、張國榮の三つの段階を分析してくださり、ありがとうございました。第一段階は不良青年の役が多く、 アイドルでした。第二段階は自分の演技の可能性を拡大した時期。第三段階は演技を深め、難度の高い役に挑戦した時期でした。 両面性を持つ役に挑戦し、また見事に演じ切りました。

先ほど林先生もおっしゃいましたが、張國榮は演技者としての他、映画創作にも携ろうとしていました。次の講演者は榮雪煙先生です。 張國榮が晩年に手掛けた、脚本や編集や監督や、演技以外の面についてお話頂きます。