2005 風声月影 張國榮を偲んで

王路

今年の4月1日で張國榮が去って2年となります。ファンがこうなった今でも尚、 これほどまでに彼を慕い続けるとは、正直思いませんでした。 現在になってやっと彼の正真正銘の価値が認識されたような気がします。世界各地でファンが記念のイベントを開く他、中国語の各メディアも特集を組み、 生前の彼を振り返るようです。しかし梅艶芳や羅文では、そんな活動はありません。どうしてでしょう?

2年が過ぎ、縁あって彼と共演する機会があった私も、何か書かなければと思いました。 2年前の今日、早朝、私はテレビ局に出社しましたが、まだ誰も来ていませんでした。化粧を直していた時、音楽編集部の人が来て、 淡々と「張國榮が自殺した」と言いました。

私はよく聞えなかったので「誰って?」と聞きました。 「張國榮」彼はさらっと答え、私の表情を観察しているようでした。 「え?どうして?」彼は何も答えず、肩をすくめてみせただけでした。 「どうやって?」と聞くと「飛び降りて」彼は一息ついて言いました。「信じられないなら、ネットを見て下さい。このニュースで持ちきりですから。」 「信じられないわ」、私はテレビ局のコントロール室へ急ぎました。コントロール室では中国・台湾・香港のニュースを撮影し、 編集して北米地区に流しています。ですから、最新のニュースがここで聞けるはずです。 私は張國榮のニュースの録音を見せてくれるように頼みました。するとスタッフは、モニターを指しました。なんとどの画面も、 同じニュースを伝えていました。張國榮が自殺したという、この驚くべきニュースを。情報が入って来たばかりで、状況もよく分からず、 カメラは現場を写し続けていました。私は自分の目も耳も信じられませんでした。あの血の跡は本当に彼のものなの?

辛くてたまりませんでした。

ロサンゼルスのテレビ局が来て、張國榮の事や私の気持ちを聞かれました。私はこう答えました。 「一言で言うなら、彼は際立って美しい人です。性別を超えた存在です。男性も愛せるし、女性も愛せます。男性も彼を愛するでしょうし、 女性ももちろん愛するでしょう。彼は華やかさ、艶やかさ、絶望、愁い等々…を象徴しているでしょう。全て見せてくれました。」

彼の死は哀しいことです。しかしああいった形で人生を締め括ったのは、張國榮の生涯を考えると、最も美しい形でピリオドを打った といえるのではないでしょうか?あの方法で彼は巨星としての人生を完成したのかもしれません。大スターを考えてみて下さい。 エルビス・プレスリー、マリリン・モンロー、テレサ・テン、ダイアナ妃…彼らも同様です。

私と張國榮は、1994年チェン・カイコー監督の《花の影》で共演しました。私の役は大金持だけれど孤独な劉夫人。張國榮は金持ちの夫人 を騙すジゴロでした。

彼の第一印象は痩せていて、上品な人。物静かでそこにいるのが分からないくらいでした。出番がない時は一人でタバコを吸い、 台詞をつぶやいていました。この時の彼は仙人の様で、浮き世を離れて天空を漂う様で近寄りがたく感じました。時々は彼の方から 尋ねてくる事もありましたが、小声で簡潔でした。しかし撮影に入ると、非常に積極的で、どうしたら良いか提案もしてくれました。例えば、 私が彼の髪を撫でること。髪が乱れても構わないと言ってくれました。

印象に残っているのは、ある日の昼食時間です。彼は食事をせず、階段をトントントンと駆け上がり、駆け下りる事を繰り返していました。 20回以上やっていたと思います。それは次に撮影する、ジゴロが客室に駆け込むシーンでした。食事の時間に練習していたのです。 彼のようなスターがこのように真剣に取組んでいる姿勢から、私たちも教えられました。

私と張國榮のシーンは感情の高ぶる場面で、私は緊張して出来ないのではと心配していました。しかし杞憂でした。 張國榮は非常に細やかで、忍耐強い人でした。そして特に書いておきたい事があります。私が振り返り、その顔がアップになる場面がありますが、 画面には張國榮は写りません。スタッフが代わりにジゴロの位置に立って撮影しました。しかしこのスタッフはただ立っているだけでした。 溢れる感情を込めて振り返ったのに、朴念とした表情に出会うのです。満足できる演技が出来ませんでした。そして取り直しの時、 張國榮が「僕がやる」と言ってくれたのです。この時は張國榮の深い情を湛えた目や、哀れみと怨みのないまぜになった表情から相手の 気持ちを感じて演じられました。世界に名だたるスターがこのようにワン・シーンを大切にし、また相手への気遣いもしてくれる。 正に一業に専心し、プロ意識の非常に高い人だと思いました。

張國榮はすでに逝ってしまいました。しかし私は彼の歌を聴き、作品を見るたびに、まだこの世界に生きているような気がするのです。 どこかで歌って踊っているような気が…

王路 2005年4月1日 ロサンジェルスにて

中文ソース: 国防科技大学同学网

2006/2/5