天生的賈寶玉　　生まれながらの賈寶玉
2008年4月1日 蘋果日報

――私の目を開かせてくれた、あなたを愛します。
張さん、ご存知ですか？エディソン･チャンの写真流出事件が今年初め、全香港を騒がせ、私はあなたのあるエピソードを思い出しました。――あなたが銀幕にデビューした作品は《紅樓春上春》ではなかったですか？あなたが去って5年になる今日、この作品から手紙を書き始めるのは、非礼を意図しているからではありません。ただ《紅樓春上春》の内容は主に、《紅樓夢》の第七十三回「バカ姐やは誤って枕絵の香袋を拾い、気弱な令嬢は金鳳の釵（かんざし） を不問に付す」から七十八回「老学究は[女危]（き） [女畫]（かく） の詩を作らしめ、癡公子は芙蓉の誄（るい）を捏（でっ）ち上ぐ」に集材しており、私のような「紅樓夢ファン」そして「張國榮ファン」に自由な読解を許しています。あなたの精神を、興味深い視点から、新たに探求していると思うのです。

娯楽圏像榮國府　　芸能界は榮國府に似ている

あなたが天性の賈寶玉だという人は多いです。しかし私はあなたは《紅樓夢》の多くの人物に化身できると思います。特に香港の芸能界が日を追って、榮國府に似てきている現在では。特に「聡明累」（註１）と「好了歌注」（註２）の榮國府では！

写真流出事件は、“バカ姐や”が大観園で「下品」な香袋を拾った事件に似ています。――「それ(香袋)に刺繍してあるのがけっして花鳥などといった図柄ではない。表は二人が丸裸で坐って抱き合っているところ、そして裏側には何字か字が書いてあった･･･邢夫人、受け取ってびっくりした。思わずぎゅっと握りしめると、『おまえ、これをどこで拾った？』」続いては王熙鳳が香袋の持ち主を探すように命じ、園内の姐やたちが皆慌てる「讒言に惑いて大観園を捜索」となります。（第74回）

佳人薄命、王熙鳳の前で、姐やたちを懲らしめてやろうと思っていた婆やは、自分の恨みを皆の面前で晴らしてやろうという考えでした。――「この家内は、ふだん園にはいって行っても、女中たちが大してちやほやもしてくれぬところから、心中すこぶる面白からず、何とかきゃつらのあらを捜して取っちめてやろうとねらっていたが、捜し出せなかった。そこへうまい工合にこういう事件が持ちあがったので、いまこそ尻尾をつかまえたぞと思った」――そこで容姿が人並み優れているという罪名は、更に重くなります。――「第一番に寶玉様のお部屋に晴雯（せいぶん）というのがおります。この女中は自分がほかの女の子より少しばかり器量がよいのを鼻にかけ、それに口がたいそう達者でございます。毎日西施（古代の代表的美人）みたいにめかしこみ、だれに向かってもポンポン横柄な口をききます。ちょっとでも自分の気に入らぬことを言われると、色っぽい目を釣りあげてどなりつけます」。この言葉が寶玉の母親、王夫人の耳に届くと、夫人は妖怪でも見たかの様になり、婆やの願いを聞き入れました。「夕方、園の門を閉める時に、女中たちの部屋を残らず捜索いたしましょう。きっとだれかがこんなものを持っているにちがいございません。いいえ、こんなものだけではなく、もっとほかにもいろいろ出てくるにちがいないと存じます」。

人のあらを捜してやろうとしていた婆やでしたが、思いもかけず自分の孫娘・司棋の荷物から男物の靴下と靴と、そしてラブレターが見つかります。王熙鳳は手に証拠の品を持って「司棋がうつ向いたっきりひと言もいわず、しかもなんら怖れも恥じもしない様子を見て、おかしいと思った」結果、司棋は園を追放されました。彼女の主人・迎春はそれを聞いて「離れがたい気持ちでいっぱいだけれども、何分にも問題が風紀に関することだけに、どうすることも出来なかった」ちょうど司棋が園を出ようとする時、寶玉が外から入ってきます。司棋は寶玉にすがって、王夫人へのとりなしを頼みます。しかしこちらでは司棋を救えず、あちらでは晴雯が病気と、寶玉はどうしようもなく怡紅院に戻ります。すると王夫人が息絶えだえな様子の晴雯を叱り付けていました。王夫人は「芝居をやるほどの女の子だ。お化け狐に決まっている」と追い出し、また部屋のなかをくまなくさがし、寶玉の持ち物に少しでも見慣れぬものがあると、一つ残らず取りあげました。そして「やっとこれでさっぱりなったね。もう人に文句をつけられることはあるまい」と去ります。

紅顔無分老幼　女性の知己に老幼の区別なし

張さん、あなたがご存命なら、《紅樓夢》の賈寶玉ばかりを演じないで下さい。気が多いのは確かにそうですが、彼はその誤りを知りながらも、君臣夫子の封建制度にとらわれて身動きできません。お気に入りの晴雯が無念の死を遂げても、ただ女中が作り出した「晴雯は死ぬのではない。玉皇さまのご勅令で花神の職につく」というおとぎ話を信じています。しかしもしあなたが賈寶玉でないなら、《紅樓夢》には、粗野で乱雑で、真珠と魚の目の区別も出来ないような輩以外に、どんな男がいるでしょうか？少しは個性と気骨のある柳湘蓮でさえ、間接的に尤三姐を殺してしまいます。もし男性をやらないのなら、女性は更に悲惨でしょう。あなたのキャラクターは絶対に寶釵ではなく、しかし林黛玉の路線なら、これもまた「春栄え秋しぼむがために花は苦労す。このように生死の定めは避けがたし」でない者が居るでしょうか？

あなたの逝去から5年。香港(人)は更に、賈寶玉独りが持っていた「淫：女性への慈しみ」を失っていると感じます。ただ他の院の兄弟たちのような、粗野さと荒淫だけが残っています。つまり女性に対する興味が、彼女たちの身体と容貌についてばかりであり、それらは全て外見である為に、女性を求めるとしても心の交流や精神的理解は必要としないのです。これは賈寶玉が姉妹たちを尊重し、接していた方法とは全く異なります。たとえ彼も襲人や寶釵に対してそういう態度を見せたとしても――しかし彼女たちは恋人ではなく、妻？――しかし黛玉、晴雯、紫鵑、齢官、湘雲など、それぞれに接し方が違っていました。それぞれの女性に、違う光景を見ているのなら、当然彼女たちを一まとめに“女性”としてしまうことはないでしょう。寶玉が女性にもてる原因の一つは、“女性的である”“中性的”“女性に礼儀正しい”ためではなく、彼は生来、女性に対して愛を感じ、心から尊敬する事を知っているからです。

張さん、あなたのニックネーム“哥哥”はジョイ･ウォンが《チャイニーズ･ゴースト･ストーリー》の撮影時につけたものだそうですね。“哥哥”の二字の前に、“寶”の字をつけては如何でしょう？あなたと共演した女優は、皆あなたの良い友人になっています。他の男優なら、気ままに女優と手をつないで遊びに行く事は出来ないかもしれません。あなたは同世代でも、そうでなくとも同じ様に親しくなっています。仙姐からカレン・モクまで、シルビア･チャンからブリジット・リンまで。またウィキペディアには「作家、李碧華や小思とも深い親交がある」とはっきり書かれ、あなたの女性への愛が、年齢や地位を超えていることを明らかしています。それとも、あなたは自分自身のもつ女性らしさを愛するゆえに、女性を慈しむことを知っているのでしょうか？あなたは映画史上で最も寶玉らしさを備えた俳優です。それはまさにあなたと寶玉が「淫」を共有し、女性への溢れる愛を持っているからでしょう。

現在の社会には、“女性”への憎しみが多すぎると感じます。写真流出事件とその後の、女性芸能人を中世の魔女であるように扱い、極端な宗教の狂信者のように彼女を欲望の対象とした事は、“女性を愛する事”の矛盾と困難の反映でしょう。

女性淪為商品　女性は商品に落ちぶれる

消費中心社会のため、女性は高度に商品化され、自らも商品化されるような社会で生きる事を強いられています。“女性”の価値は商品と変わらなくなり、“女性”が商品であるならば、彼女らを消費するのが合理的な態度です。そのお金がないものは嫉妬から憎み、お金があるものは、蔑みから憎んでいます。この5年そしてその後、もしあなたがこのような“榮國府”で生活しなければならないなら、寶玉としてはきっと辛さが募るでしょう。――宝玉が牢から出て、どこで史湘雲と再会したか知っていますか？妓船の上でした。2人はろくに言葉も交わせないまま、生涯の別れとなってしまいました。船が遠ざかるのを見ながら、慟哭の声が聞えてきました。断腸の思いでないはずがありません。

ここまで書いてきて、あなたが既に俗世を超越している事を祝うべきでしょうか？ 「聞くならく西方浄土に娑婆(さば)という宝樹ありて、長生果をば結ぶとか」

※　参考文献　「岩波文庫　紅楼夢　曹雪芹作　高蘭墅補、松枝茂夫訳」
註１　「聰明累」《紅樓夢》第5回で王熙鳳を歌った詩。策士策におぼれるの意
註２　「好了の歌」《紅樓夢》第1回に出てくる詩。現実逃避的虚無主義を表すと言われる