香港娯楽10年 2007年6月30日 金融界 編者の言葉:2007年、香港は返還10周年を迎える。香港の芸能界にも、この10年の間に様々な事があった。私たちが幼い時分に見た香港のテレビドラマシリーズ、大好きだった四大天王など、今思い返すと感慨深い。演出家林奕華氏は早くにはテレビの編集に携わり、その後には演劇の世界で活躍してきた。また香港娯楽文化の変遷を見つめてきた。インタビューでは、香港文化の根本から解析し、香港の精神の源を探って頂く。 香港娯楽10年 林奕華 香港は前の世紀80年代に繁栄を迎えたが、それは70年代に経済が発展したことによる。80年代は70年代の成果を享受したといえよう。しかし90年代にはすでに停滞の兆しが見えた。香港人には、すぐに結果を出したがるという特徴がある。より速く、より便利にと。だから香港の長所は、現実の中で真理を追求し、効率的に問題を処理し解決することだ。 私はこの特徴は、香港が短期間で繁栄に至った為ではないかと推測している。多くの人が香港に来たのが50年代、戦後といえる。当時香港はまだ貧しく、経済発展は70年代に始まった。徐々に手工業の社会から製造業の社会へ。その後製造業の社会から輸出・入貿易の社会、そして世界の金融、経済の中心へ次第に移行した。 香港が成し遂げたことは確かにあるが、しかしそれは時には"泡沫(バブル)"と変わり得る。返還後のバブル経済は誰の目にも明らかである。世界は以前、香港を息を呑んで見守っていたが、返還後は「ああ、あそこではもう歴史的な時代は過ぎ去った」という見方に変っている。だから数日旅すれば終わりというような、淡白な見方になっている。 香港はいわゆる"ドリーム"が成功した場所である。香港のテーマ曲は《上海灘》だ。なぜなら香港は長い間貧しく、多くの子どもたちは公共の安い部屋に住んでいた。父母は「この環境を抜け出すために、もっとお金をもうけて、生活を変える」と言い、子どもたちも影響を受けた。そのため金儲けは香港人の、人生最大の目標である。 現在香港経済は中国の助けのもとに、非常に安定しているだろう。しかし香港人はあの短期的な思考を完全には変えていないようだ。香港文化は非常に狭い空間だ。香港の文化人も明確には意識していないが。教育を改革すべきという人、その他いろいろ言う人がいるが、すべて周辺のことで、問題の核心に到っていない。香港人はなぜ空虚感を抱くか。香港は物質面では豊かになり過ぎ、皆が理想の生活とは物質面での豊かさと思うようになった。私はこういった考え方が、多くの誤解を生んでいると考える。 香港における安逸への慣れ 私はこの雰囲気を変えねばと思うが、それにはやはり個人の自覚が必要となる。しかし実際には、香港には香港人をそこに引っ張りあげるだけの文化がない。普段読んでいる新聞、聞いている音楽、友達と話している話題、多くがやはり物質面に関するものだ。 香港人を見ていると、社会道徳意識が希薄で、皆自分ばかりに関心があると感じる。いわゆる"成功"は、多くの場合、金銭の儲けがどれだけ多いか、名誉を得たか、身分や地位を得たかであり、社会にどれだけ貢献したか、自分より生活の楽ではない人の為にどれだけ尽くしたかではない。思いやりに欠けている。皆自分の生活を良くする為に追い立てられており、自分の生活を楽しめたら、それで良いという態度だ。例えばカラオケだが、これは恋のために傷ついたもしくは破れた人に、心理治療を施すものだ。さらに多くの曲が、自分の姿を劣るものもしくは余り良くないものと描いている。 香港において精神活動のエネルギー源は、大半が消費に関するものだ。そしてこの10年間、私がさらに重大だと感じているのが、性に対する抑圧である。今新聞を見れば、いつでもどの芸能人が何を見せたとか、セクシーでどうしたなど書いてある。そして侮辱的といえる言葉を多く発明し、この社会で上に上がろうとすれば、この方法しか無いように思わせる。 だから香港の映画も、芝居なども、イメージには細心の注意を払う。しかしこういったことは、外国では何も重大なことではない。外国人は他人の自分への見方、自分で自分を如何にコントロールするかは考えるが、社会の見方を基準にしようとは思わない。彼らは個人主義だからだ。しかし中国人には規範意識から、社会の意見をもって社会の道徳と伝統を守っているところがある。 パパラッチはアメリカにも日本にもいるが、しかし香港のように彼らが主流意見となることはない。《蘋果日報》の影響力は香港にとどまらず、中国、台湾でも凄まじい。だから以前にも言ったが、芸能レポートの方法からしても、香港と台湾、中国では異なる。香港の芸能記者は非常に受身である。唯一の能動は多分パパラッチだろう。パパラッチをしたとしても受身である。なぜなら彼らは、読者を引き付けるのに他の方法を知らない為だ。パパラッチが、まだそれほど台湾のメディアに影響していなかった頃、台湾メディアの芸能ページは、全て同じということは無かった。例えばテーマについての議論を重視したり、"根拠"も示したりしていた。台湾で新聞をめくると、それぞれの視点から紙面を作っていると感じた。しかし香港では違い、記者会見から刺激的な言葉を選び、記者会見で語ったことを書くだけで、ニュースの鋭い切り口等はない。しかしメディアを責めるわけにはいかない。ここは芸能が瀕死の社会なのだから。 張國榮が亡くなった時、私はCDショップにいたのを憶えている。テレビがちょうどあのニュースを伝えていた。私は思わず声を上げ、ずっと昔の些細なことを思い出した。私と彼の縁は奇妙なもので、最後はベルリンで会った。私たちが知り合ったのは10代の頃で、はるか昔のことだ。私が中学2年で彼が3年だった。私はその学校に転校してきたばかりで、彼もそうだった。彼は当時すでに学校一美しく、いつも女の子と一緒にいた。バスケットボールが好きで、彼がプレーしていると、皆が見に行った。小さい時から大明星だった。その後私は台湾に行き、香港に戻ってからは別の中学に入学した。すると彼の友達が連絡をくれて、彼に電話してくれと言った。私は彼が台湾へ行くつもりかと思ったが、返事はしなかった。しばらくして、私たちは香港の無線電視でばったり会った。彼は歌のコンテストに出場していた。 だから香港返還10周年の評価をするなら、やはりそこに住む人の生活に、その特性が現れているかどうかを、考えなければならない。私たちは普段、香港人はこう考える、上海人はあんな性格だ、ニューヨーカーはどうこうだという。これは全て、文化がそうさせるものだ。 過去の10年で、香港文化が、すでに底を打っており、今後は少しずつでも向上することを望む。以前、こう話したことがある。香港は不安定な状況から安定に到った。そして安逸の中で成長した世代は、それを当然だと思い、自分にそれ以上を要求しない。現在の状況を守れれば、それで良いと思ってしまう。しかし実際にはそれでは済まない。もし全ての人が自分が良しとする力しか出さないのであれば、この社会が何か成果を上げることは不可能だ。 香港の文化には10の基礎要素がある 香港は成功を、非常にもてはやす場所である。よく「なんだ、リー・ガーシン(李嘉誠)になりたいのか?」や「自分がリー・ガーシンだとでも思っているのか?」と言い、多くの場合人気のある人物が成功の基準となる。私は常々、香港文化には10の基礎的要素があると言ってきた。つまり周星馳、林夕、金庸、無線電視のテレビドラマ・シリーズ、王晶など。その他に商業電台もある。彼らはかつて香港の隆盛を作り出した。他にコンサートも要素の一つだ。なぜならコンサートは成功を象徴し、香港コロシアムは成功の殿堂であるからだ。 林夕が香港人の精神に与えた影響は大きい。少しそれるが張小嫻もいる。私が彼らを文化の基礎要素というのは、この10の要素から、なぜ香港人の多くは変わりばえせず、一様に同じ様な話をし、均一な価値観を持つか説明できるからだ。 香港人は引用をしたがる。つまり張小嫻は多くの人に、高度に発展した物資社会では、女性が求めるものは何であるかを示した。彼女ともう一人の小説家の深雪は、「女性は男性をコントロールしなければならない。でなければ彼が離れていって、あなたは悲しい目にあう」などの概念を植えつけた。そしてこの類の考え方は多くの人に受けがよく、だからこそ私が手がけた作品はこの文化要素に反している。私は林夕に反抗し、張小嫻に反抗し、無線電視のテレビドラマに反抗し、商業電台の影響に反抗している。 林夕があれほど人気を博す原因は、もしかすると彼自身の生活が、あまり楽しくないからかも知れない。それゆえ彼は「愉快でない事」を非常によく理解している。私は彼と知り合いではないが、彼の歌には片思いが非常に多いと感じる。これは私の上司が言った事だが「香港人はなぜカラオケを必要とするか。それは香港人が自分に無力感を感じ、自己評価が低く、だからこそ歌は全てナルシスティックである」。私に言わせれば、全て精神的な自虐だ。一曲歌うとまた二曲目、三曲目と。この面で林夕はモデルになり、多くの人はこのモデルから抜けられないと感じる。 香港は成功を重んじる社会だ。歌を書けば、必ず力のある人に渡す。ある角度から言うと、その人が思いのままに出来るようになり、多様性がなくなる。これが毎日繰り返される。これでは精神状態を牛耳ったことになるだろう。私は香港人がそういった類の歌を歌いたいという、その核心にあるのは、自分を十分評価できない事だと思う。彼らの恋は全て破れ、歌の中で新たに探すのだろう。多くの人が賛成しても私が納得できないのは、私の愛情についての考え方が大方と異なるからだ。私は愛情が感覚によるものというのが理解できない。感覚は私にとっては、表層に過ぎない。愛情という問題は、他人に任せて解決できない。私と他の人とでは、愛情観も異なり、それは嘘だと思う。 香港人にもし創意があれば、他人の曲ばかりを歌っていないだろう。香港人は出来合いの物に頼りがちで、愛を語るにしても小説やカラオケを通じて、他人の経験をたどろうとするばかりだ。私も以前はそうだったが、自分の人格の十大文化要素を変革し、自分自身の体験をしていった。以前はこうは出来なかった。 香港には意識改革を行うルートが少ない。皆一様に「あなたはなぜ他の人と違うのか?」と聞く。幻想は香港芸能文化の重要な要素だ。香港の文化が中国に対してあれほど吸引力をもち、中国のあれほど多くの人に好まれるのは、豊富なソース(資源)を駆使し、天の時、地の利、人の和を生かして、中国の人々の幻想を掻き立てているからだ。 香港文化は、英雄不在 香港は早くから世界と接触した。しかし現在、香港人は世界で起こっている出来事にほとんど関心を持っていないようだ。彼らは「それが自分とどう関係あるんだ?」というだろう。彼らが関心を持っているのはただ一つ―今のファッションだ。ファッションは一種の権力であり、流行であり、潮流である。 香港が流行を必要とするのは、流行にのれば、他の場所では得られない権力が得られると考えるからだ。より多くの潮流を作り出すことが、つまりは、より人に優越することになる。それ故、香港には思想家はいない。雑誌も思想家に原稿を依頼せず、黄偉柏のような人物を求めている。黄氏が誤りというのではない。しかし彼のような地位にいれば、大物と思われるようになり、権威を持ち、他も彼の言うことを聞くようになる。彼の言葉で基準が決まってしまうなら、ファッションについて、彼と意見が異なる者は落伍者になる。香港人は自分の頭が空でも気にしないが、他人に格好悪いと思われるのは非常に嫌う。 香港は表面上、見かけを良く作ることには長けている。こういった表面的な問題でも、社会の変化と関係があり、よく読み、解析されるべき事象だった。しかし後になって、こういったところまで方程式になってしまった。周星馳のように。もともとは彼の作品は研究に値すると思っていたが、《功夫》を見て失望した。 ここ数年、香港では大物芸能人が相次いで亡くなった。私はよく、香港人は他人が作った虚構の世界でずっと生きていると感じる。彼らの心は空虚だろう。アニタ・ムイのように。もし彼女が生きていたら、"偉大"になりすぎて、居場所が無いかもしれない。香港はもう80年代を忘れようとしている。急激な断絶のため、90年代の人は80年代に何が起こったかを知らない。 香港が中国人にもたらした最大の貢献は、長い時間と費用をかけて"優男"の文化を創ったことだろう。香港には英雄はおらず、香港は英雄不在の場所である。私が言う英雄はビジネス上の英雄ではなく、それなら非常に人気が高い。私が言いたいのは文字通りの英雄で、周星馳やアンドリュー・ラウ(劉鎮偉)などは全てアンチ・ヒーローだ。 私は王家衛も格好をつけていると感じる。彼と林夕はよく似ている。まずは絶対に一つの物語を完全なシナリオに書けないので、一段一段撮っていく。撮った後に物語をつなぎ合わせる。そして実は香港人にはこの方式が受け、世界の評価も高いと分かった。《花様年華》では、マギー・チャンがあの東洋を強調するようなチャイナ・ドレスを着ていなければ、どうなっていただろう。ツイ・ハークという人は神経質すぎるだろう。必ず飛び回り、どうして、もう少し静かに、物語を語れないのだろうか?例えば《七剣》を見て、ポイントは何処だったのか?と思った。私が気に入ったのは《上海之夜》だ。杜h峰は良く分かっている。しかしもう少し内容の充実が欲しい。 だから我々は本当に寂しいのだ。香港では、ゆっくりと深い情愛を味わえるような作品には出会えない。 |